人形供養の歴史と意義
セレモニーたかはたでは毎年人形供養祭を行っております。ご家族と思い出を共にしてきたお人形やぬいぐるみなど心を込めて供養させて頂いております。 そもそも人形やぬいぐるみなどなぜ供養をするのか、また人形供養の歴史はいつからなのかなどを紹介させて頂きます。
人形供養とは?
人形供養とはご家族が小さいころから思い出を共にしてきた大切な人形やぬいぐるみなどをただの ゴミとして処分するのではなく、長年にわたって自分や家族を守ってくれた、寄り添ってくれた人形に「感謝」の想いを込めて供養し 魂を抜くことによって元の物質に還すことができるとされています。
セレモニーたかはたの人形供養祭
セレモニーたかはたでは一年に一度人形供養祭を開催し、ご供養を希望されるお品物をお受けしております。
お受けできるご供養品
・人形・ぬいぐるみ・雛人形・五月人形・お守り・縁起物・お札・招き猫・遺影写真・だるま・掛図・数珠・提灯など
※仏壇などはお受けできません、またご不明な点などありましたらお問い合わせの上ご来場頂けますようお願い致します。
人形供養の起源
現在のお寺や神社など人形を集め供養するという形の始まりとして和歌山県にある淡島神社(あわしまじんじゃ)が有名です。 その昔、神功皇后が三韓出兵からお帰りの際、瀬戸の海上で激しい嵐に出会い、船の中で神に祈りを捧げたところお告げあり 「船の苫(とま)を海に投げ、その流れのままに船を進めよ。」 お告げ通り船を進めると、友ヶ島にたどり着く事が出来ました。 友ヶ島には、少彦名命(すくなひこなのみこと)と大己貴命(おほなむじのみこと)が祭られていて、 皇后さまは助けてくれたお礼の気持ちを込めて、持ち帰ってきた宝物をお供えになられました。 その後、何年か経ち、神功皇后(別名 息長足姫命:おきながたらしひめのみこと)の孫にあたられる仁徳天皇が友ヶ島に狩りに来られ、 いきさつをお聞きになりました。そこで、島では何かとご不自由であろうと、お社を対岸の 加太に移され、ご社殿をお建てになったのが、加太淡嶋神社(かだあわしまじんじゃ)の起こりとされています。
祭神の少彦名命は薬の神様として信仰を集め、病気回復や安産など女性にご利益のある古社として有名で、毎年3月3日に人形供養や雛祭りの発祥とされる 雛流しの神事を催行しております。




